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倭人でんでん

nipohi631

更新日:2022年1月14日

倭人伝と言えば魏志倭人伝であり、邪馬台国であり、それらを初めて耳にしたのは、高校時代の宮崎康平 氏の「まぼろしの邪馬台国」であった。

それ以来、今に至るまで家人に笑われるほど、関連書籍は山ほど購入してきた。

しかし殆どは引っ越しもあり、処分してしまっている。

70 歳過ぎて、勤めをやめると暇もあり、じっくり見てみたいと想い出しては、そういうのに限り、無いので、妻に当たったりしている。


さて、小生は仕事であちこち海外に行っているが、中国もかなり行っている。

思い出深いのはコロナ禍で有名になった武漢である。

実は2002年のサーズの時に丁度ホテルに滞在していた。

気付くと、白衣の 人物たちがゴーストバスターよろしく何やら背中に抱えて突入してきて、そこら中を白い粉(恐らく殺 菌剤)を撒き散らした。

そこから1週間足止めだったが、何も説明もなかった。


その後かと思うが、相手企業が湖北省博物館に連れていってくれた。

小生が歴史好きと知っていて、通訳 (女性)も歴史に詳しかった。

そこで、素晴らしい剣を見たのだ。

しかし、写真も撮らず、記憶だけであり、今となれば、果たしてそれは世に隠れもない名剣「越王勾践剣」だったのか、どうか?


問題は現在ネットで見る、剣の写真が横置きで、かつ、あまりに美麗な点であること。

記憶の剣は立て置きで、表面も錆もなくきれいだったが、「越王勾践剣」の様に飾り立てていなく、文様もなかったような気がする。


一方、同じ博物館に夫差の矛『呉王夫差矛』も収蔵されており、こちらは立っているので記憶通りだが、長さが短く全く違う印象である。

実は『呉王夫差剣』もあり、こちらは写真では立っており、印象に近いが、蘇州博物館にあると言うので場所が異なる。

もし2002年当時は、博物館で立って掲示されていたなら一件落着だ。

なお『越王勾践剣』は8本あり、1965年に1本、その後も1979年までに三振りの勾践の剣が発見されたと言う。

あるいは、そちらの剣かも知れない。誰か教えて欲しい。

 

別の話題「草薙の剣」 三種の神器として有名な「草薙の剣」は銅剣か鉄剣かの議論もあるが、実見した 記録では、長さは1尺八寸で両刃の菖蒲の葉状、柄は魚の背骨または竹の節のごとしと言う。

これは写真で言えば左図の 呉王夫差の剣によく似る。




































 
 
 

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