1.まえがき
今回は、前回の続きとして、気候変動と古代史の関係において、触れることが
できなかった火山噴火と気候変動(異常気象)への影響についての見解を述べる。
なお、論理的には火山噴火➡気候変動➡古代史画期の順序となると考えるが、
はたして、今日的な意味があるのかどうかも念頭において、以下私見をまとめた。
2.前回の補足・訂正
本題に入る前に、前回の説明では不十分だった箇所を補足・訂正したい。
(1)邪馬台国:倭人の寿命
魏志倭人伝に「(倭人は)寿考、或いは百年、或いは八、九十年」とあると前回
触れた。従って、卑弥呼も「年長大」と書かれてもおかしくないと。しかし、実は
山本武夫は「古代日本は『一年二倍暦』である」と主張していた。従って、寿命
は半分で、長生きしても40~50歳となる。こちらが古代では妥当であろう。
そして『卑弥呼』は代々襲名されたか、一般名称の日御子(ヒミコ)かもしれない。
(2) 戦乱や疾病と気象変動
私は、飢饉はともかく、戦乱や疾病の原因が全て異常気象等によるとは少しも
述べていないが、そのように受け取る方も多いかも知れない。しかし実際、歴史
書は、殆どがその画期に天変地異や変動を記している。幸い現在は、過去の気候
変動や火山活動の時期を歴史(因果関係の正否はともかく)と照合が可能である。
3.火山と日本神話
(1)関係文献
古事記神話において、『素戔嗚尊(須佐之男命、スサノオ)=火山説』を唱えたの
は、物理学者で随筆家の寺田寅彦であり、彼が『神話と地球物理学』(1933 年)に
発表したエッセイを嚆矢とする様である。即ち、太陽神である天照大神が、弟の
素戔嗚の乱暴狼藉に嫌気がさし天岩戸に隠れ、世界が真っ暗になったという神話
は火山の噴火と火山灰によるとする説だ。また、亡命ロシア人のワノフスキーが
『火山と太陽-古事記神話の新解釈』という論文を1955 年に発表している。さ
らに最近では、元読売新聞の蒲池昭弘氏が『火山で読み解く古事記の謎』(文春新
書、2017 年)を出版している。蒲池氏は両者の説を踏まえ、BC5300 年(または
BC4500 年)の鬼界カルデラ大噴火を縄文人が記憶した畏怖の思いが神話化した
と言うが3者とも歴史や地質学の専門家ではないので学会では黙殺状態である。
(2) 寺田寅彦説の紹介
寺田寅彦は夏目漱石の友人であり、代表的知識人である。彼の知性からは非科学
的なトンデモ本の言説は出てこない。寺田寅彦は前記『神話と地球物理学』に発
表したエッセイにおいて、先ず冒頭で「われわれのように地球物理学関係の研究
に従事しているものが国々の神話などを読む場合に一番気のつくことは、それら
の説話の中にその国々の気候風土の特徴が濃厚に印銘されており浸潤しているこ
とである」と述べている。次いで、寺田は日本神話の「国生み」が「島生み」で
あり海洋国を示すこと、および日本が火山国でもあり「速須佐之男命に関する記
事の中には火山現象を如実に連想させるものがはなはだ多い」ことを挙げて、『ス
サノオ=火山論』を説くのだ。そして「誤解を防ぐために一言しておかなければ
ならないことは、ここで自分の言おうとしていることは、以上の神話が全部地球
物理学的現象を人格化した記述であるという意味では決してない」と釘をさし、
古代のいろいろな事件や葛藤の描写に、自然現象の種々相が採用されただけだと
した。しごく真っ当な論述である。ところで、世間では、天岩戸神話を日蝕現象
に帰する論説も多く、卑弥呼の死の時期が丁度、天文学上の日蝕時期と合うとし
て、『天照大神=卑弥呼説』が、一部定説化している。しかし、寺田寅彦は、こ
のエッセイで「日蝕のごとき短時間の暗黒状態としては、ここに引用した以外の
いろいろな記事が調和しない。神々が鏡や玉を作ったりして(途中略)相当な長
い時間の経過を暗示するからである」とし、さらに「天手力男命が、引き明けた
岩戸を投げたのが、(省略)現在の戸隠山になったという話も、火山爆発という現
象を夢にも知らない人の国には到底成立しにくい説話である」と日蝕説を一蹴し
ているのは偉い。ただ私は、卑弥呼の死自体の日蝕関連説には未練があるのだが。
4.火山噴火と気象変動
寺田もワノフスキーも、巨大火山噴火による長期にわたる平均気温の低下、そ
れにともなう食糧危機、社会不安、即ち『火山の冬』(volcanic winter)とよば
れる現象を当時知らなかった。しかし、全く同じことを既に述べているのである。
そこで、火山噴火と気候変動について改めて検証する。
(1) 近年のデータ(気象庁HP)
近年の公表されたデータを用いて、以下の3件の火山噴火を対象とした『大
気混濁係数』(下記注を参照:気象庁)と呼ばれる日射の減衰を表す指標の数値
と低温化情報を示す。
① アグン火山噴火(インドネシア)
1963 年2 月~5 月の噴火では、海抜19~26km の高さの噴煙柱を発生し北半球
の平均気温は0.5 度近く、世界全体の平均気温も0.3℃~0.5℃ほど低下した。
② エルチチョン火山噴火(メキシコ)
1982 年に大噴火。噴煙は高さ16,000 メートルまで到達し、大量のエアロゾル
が成層圏に撒き散らされ、世界全体の平均気温が0.3℃~0.5℃ほど低下した。。
③ ピナツボ火山噴火(フィリピン)
1991 年6 月の噴火時は、噴煙は34 キロメートルまで到達し成層圏に滞留した
大量の火山灰が、世界中の日射量を長期間にわたり減少させた。日本でも平成
5 年(1993 年)には戦後最悪の冷夏となり、水稲の作況指数は74 で全国的な
米不足となって、タイ米輸入騒動なども起こったことは、まだ記憶に残る。
次図は気象庁HP より引用したもので、国内5 地点(札幌、つくば、福岡、石
垣島、南鳥島)の大気混濁係数の経年変化を示す。
(注)大気混濁係数:大気中のエアロゾル、水蒸気、オゾン、二酸化炭素などの吸
収・散乱による日射の減衰を表す指標で、値が大きいほど減衰が大きい。
(2)オゾン濃度との関係
次図は、気象庁HP から引用したもので太陽活動と熱帯域の月平均オゾン全量と
の関係を示す。
上の二つの図は作成の意図が全く異なるが、赤い枠内の1975~2000 年を見ると
よく類似している。ところで、オゾン全量値は米国航空宇宙局(NASA)提供の
データなので成層圏の値であり、大気オゾン濃度ではない。しかし、成層圏のオ
ゾン全量値と大気オゾン濃度の間には自然対流を通じて相関がある。その点につ
いては以下に気象庁の見解をほぼそのまま転記する。
なお、下線部は筆者の私見である。
① 火山噴火とオゾン量の減少
大規模な火山噴火により、二酸化硫黄が成層圏に大量に放出される。それらは、
硫酸塩エアロゾルとなって大気循環により成層圏を拡がる。火山噴火によるエア
ロゾル粒子の増加は、大気混濁係数の観測結果からも確認されている。
下部成層圏では、硫酸エアロゾルの表面でおきる不均一反応によってオゾン破壊
が促進され1982 年のエルチチョン火山、1991 年のピナツボ火山(どちらも前述)
の大規模噴火後に、北半球全体でオゾン量の減少が数年間観測されている。
弊持論はオゾンが感染症予防や作物被害の予防に寄与しているとしており、その
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減少は大問題である。歴史との関係で言えば、前回述べた古代史の転換期におけ
る気候変動要因の主なものは寒冷化であろうが、次はオゾンの減少によって人体
や作物へ害を及ぼすウィルスや病原菌被害がまん延することが十分想定される。
付け加えれば、インフルエンザもコロナウィルスも寒冷期に多く発症している。
とすれば、火山の大噴火がその遠因の一つであることにもなる。
② 大規模な大気循環の経年変化
成層圏の大気循環によるオゾンの輸送はオゾン量の平均的な分布の形成に重要
な役割を担ってる。成層圏の大気循環が長期的に変化すれば、オゾンの輸送量が
変化することにより、中高緯度のオゾン量も長期的に変化する。このほか、対流
圏の大気循環の変動によってもオゾン全量は変動する。これら成層圏と対流圏の
大気循環の変動が、1979 年から1990 年代半ばにかけての北半球中緯度の冬季オ
ゾン量の減少とその後のオゾン量の増加に寄与しているとされており、それらの
効果は定量的に20~50%の範囲にあるとされている(世界気象機WMO、2007)。
次図も気象庁HP より借用した。この気候システムについては別途考察したい。
以上
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